イメルダ・マルコスの故郷、日本兵が多く眠るフィリピン、タクロバン観光

今回予期せぬフライトキャンセルに見舞われて急遽出来た一日観光。ようやく繋がったインターネットとホテルのロビーでタクロバン出身の従業員にこの町の見どころを訪ねたところ、以下があがってきました。

タクロバンには、いくつか観光名所があります。今回立ち寄ることが出来た名所(?)、また初めて来た国内外の観光客が訪れる場所をご紹介します。

マッカーサー上陸記念公園

マッカーサー上陸公園 タクロバン
マッカーサー上陸公園
「I Shall Return」、マッカーサー太平洋地域米軍総司令官が太平洋戦争中残した有名な一文。太平洋戦争が開戦し日本軍が優勢の時勢、マッカーサーはコレヒドール島から脱出しました。

その約束を果たすべく、マッカーサー司令官は記念公園があるレイテのパロから上陸したと言います。敵前逃避した汚名を晴らすべく、マッカーサー司令官に率いられたアメリカ軍の本格的な反攻がここから始まります。

公園の位置する場所は、タクロバンの市街地から10キロ圏内、サンペドロ湾を背にした絶景ポイント。銅像の大きさは、実物よりも少し大きめ。銅像の周りは水の張られているため近づけませんが、遠目から見ても見ごたえがあります。

行き方は、ジプ二ー「Palo」の表示を見つけ、フィリピン・サイエンス・ハイスクールと告げればよいだけ。ハイスクールで降り、徒歩あるいはパジャック等を利用。徒歩の場合は10~15分ほどかかる距離です。

サント・ニーニョ聖堂とヘリテージ博物館(STO. NINO SHRINE AND HERITAGE MUSEUM)

この西洋式の邸宅は故マルコス大統領によって、大統領の夫人で、タクロバン出身のイメルダ氏のために建てられました。
名前のサント・ニーニョは幼少期のイエス・キリストのことで、屋敷の一階部分のイメージとなっています。13部屋のゲストルーム、広々としたダンスホール、寝室など贅沢な作りです。部屋には世界中からのアンティークな家具、絵画のコレクションなどで飾られています。

場所は、
STO. NINO SHRINE
Real Street
Tacloban City, Leyte
Philippines

朝 8時~ 夕方4時まで開いており、ガイドによるツアーの所要時間は約30分ほどです。
入館料は200ペソと少々お高め(ローカル感覚でそのように感じてしまいます)。写真の撮影には30ペソ、ビデオ撮影には200ペソ支払わねばなりません。

サン・ファニーコ橋(San Juanico Bridge

サン・ファニーコ橋(San Juanico Bridge)
サン・ファニーコ橋(San Juanico Bridge
レイテ島とサマ―ル島を結ぶ橋。全長2,600メートルのこの橋はフィリピン最長、マルコス政権下の1969年日本からの戦時補償によって作られました。鋼鉄構造の橋の最高点は41メートル。
ミンダナオ、レイテ島からルソン島に向かう長距離バスも勿論この橋を通ります。

なだらかなS字を描く橋は、乗り物乗車中もその橋の景観が見え、写真撮影も可能です。

座礁船

レイテの座礁船
ヨランダの被害を物語る座礁船
ホテルの人が勧めてくれた場所の1つはヨランダで座礁した船があるという場所。「観光地」のように人が訪れているのだとか・・・

場所はコミュニティの中なので、あまり大人数かつ観光気分で訪れるということもどうかと思いますが、結構人が来ているようです。

観光地として含めることに抵抗を感じますが、ヨランダによって考えねばならない課題を風化させない1つとして、保全したらよいと感じました。

ヨランダ被災から一年近くが経ち、町の復興は復興が少しづつ進んでいるようです。
しかし、まだまだ人々のサポートが必要だと感じます。サポートというのは金銭面のみならず、人々の関心などです。

ちょっとしたサイドストーリー
コミュニティの人とお話ししました。こちらが何者かを名乗るために、どうしてここにいるのか等について簡単に説明しました。ヨランダのような台風があるというのは気候変動のサインであると言われているので、植林や環境問題へのアプローチを行っていると説明した時に、1人の英語が堪能な女性が「本当にそれは環境による問題なのか?」と怪訝な顔をして聞いてきました。ヨランダによって多くの人が亡くなったというのは「神様の罰」つまり罪深い人間に対する天罰なのではないかと彼女は思っていたようで、目に涙を浮かべながらそう言ってきました。「ソドム」「ゴモラ」の町ではないのだから・・・と言いたくなりましたが、そこをぐっと抑えて、気候変動との関係を簡単に説明しました。

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