神は世界を創り給うたが、オランダ人がオランダを造った

「うわっ!」
滴り落ちる水音に、タダならぬ様子を感じ、朝5時に飛び起きました。起きたら、台所の一角が水浸しで、水が静かに床を這って家電に届く勢い。

こういう経験をオランダでするとは・・・

水は、どうやら外の排水溝から染み出ているようでした。ぽたぽたと止まらない。あわてて、タオルやら、新聞紙やらを床に敷き、バケツにタオルから滴る水を絞り、対応しました。御蔭で、一気に目が覚めました。

オランダだから、こういう経験はないだろうと高をくくっていましたが・・・建物の構造上の問題でこういうこともあり得るのだと改めて思い知りました。


オランダはその建国から、水と闘い、水を治めて国を作りました。
その国名、Netherlands(低地)のごとく、国土の1/4は海抜以下にあり、もし堤防がなければ国土の65パーセントが水に覆われます。地図を見ればアルプスから流れるライン、スヘルデ、マース川が北海にそそぐ三角州に位置する国は、幾度かの水害に見舞われています。

過去に838年のフリースラント(現在のオランダ北部)の大洪水では、2437人の犠牲者、、1014年、1212年、1219年、それから数十年に一度の割合で洪水に見舞われ数千人、数万人の規模の人命が失われました。

排水用の水車、灌漑の技術の発達などの13世紀以降技術革新によって災害が全く起こらなくなったわけではありませんが、リスクは低減され、オランダ繁栄の時代を迎えます。15世紀には風車がつくられ、湖の干拓が可能となり、干拓地も広がりました。1600年から1800年の2年間に干拓された土地は6万ヘクタール(日本の淡路島ぐらいの大きさ)にものぼりました。


北海に開かれているアムステルダムの北に位置するゾイデル海は、たびたび洪水に見舞われており、海の遮断の案が17世紀からいくつか提案されていました。その1つが、ゾイデル海の干拓と閉鎖で、1916年に甚大な被害をもたらした洪水が計画の実行を後押ししました。この計画の目的は洪水を防ぐためにの海岸の封鎖のほか、淡水の確保、22万ヘクタールの新干拓地を作ることでした(長坂、2007年)後、ゾイデル海は淡水化しアイセル湖となり、オランダに生活する人々の飲料水となっています。

しかし、またしても大洪水が起こります。1953年2月1日北海で低気圧が発生し満潮時に4.5メートルの高潮がダムを破壊。この低気圧のもたらした被害は甚大で、イギリス、ベルギーでも死傷者を出しましが、オランダの被害が最も大きく1845名(全体の犠牲者数は2551名)。

出典:wiki デルタプラン
その克服を目指し、デルタ法を制定。ライン川、マース川、スヘルデ川の河口部にダム・堤防・水門・閘門などの一連の治水構造物の建設をするという一大国家事業、デルタプランを発表、実行します。1997年で完了したこの計画は、1万年に1度、起こるか起こらないかの洪水を予想して作ったといいます(紺野 2012)。これと比較して、スカイツリーは2000年に1度起こるかもしれない暴風を設定しているのだとか。ちなみにオランダの玄関口スキポール空港も干拓した土地の上にあります。

水が身近にある地形のため、カナル(運河)にはボートハウスで生活する人たちもいます。以前は、都心部の借家の値段が高いため、ボートでの生活を選択する人たちもいましたが、今は値段もかなり上がったとのこと。ボートハウスには水道もガスも敷設されています。

水を如何に治めるのか、オランダの問いと数々の試みは町の至る所で見られますが、私の生活する家ではまだ工夫が必要なようです(笑)。今晩、まとまった雨が降らぬことをいのりつつ。








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