激論の公開討論会から見えた希望―ドゥテルテ大統領の麻薬戦争を巡って

6月19日(月)オランダ、ハーグの平和博物館ヒューマニティ・ハウスにてFoundation Max van der Stoel (FMS)主催の討論会/勉強会「De Filipijnen onder Duterte: opmaat naar genocide?(ドゥテルテ政権下のフィリピン:大量虐殺の序曲か?)」が開催されました。とても刺激的なタイトルを裏切らず、会自体もとても刺激的な集まりとなりました。

「De Filipijnen onder Duterte: opmaat naar genocide?(ドゥテルテ政権下のフィリピン:大量虐殺の序曲か?)」

このブログでも再三取り上げた通り、ドゥテルテ政権の政策の大きな柱の一つ「麻薬戦争」では、7,000人以上の人が警察、あるいはビジランテと言われる武装した市民によって殺害されています。武装した市民は身元を隠し、時には警察に雇われ殺害を実行しています。これを受けて、4月にジュ―ド・サビオ弁護士(Jude Josue Sabio)が大統領を「虐殺・人道的罪」ICCに提訴し、議論を呼びました

ICCを含め国際司法組織を有する国際平和都市ハーグとして、その市民として、そしてフィリピン人(関係者)として、このフィリピンで現在進行形で起こっている問題をどう見るのか?非常に関心の高い集まりで、ここ数カ月こちらオランダでもテレビ番組の特集で、込み合う刑務所の様子や、大統領へのインタビューなどが放映されています。
19:00からの集まりでは、学者によるフィリピン政治と暴力の関係の説明、法律家によるICCへの提訴の件に触れ、フィリピンの人権活動家による発表、それに対する反応、質疑応答、意見交換が行われ、予定終了時間である21:30を過ぎてもなお白熱する議論はおさまりませんでした。

専門家の分析について

ゲント大学のジェレオン・アダムス教授は、現在の政治をマルコス時代以降の民主主義と関連付け分析しました。ドゥテルテ大統領出現の背後にはエドサ革命の時の約束「貧困対策」と「汚職対策」が果たされておらず、経済の発展にも関わらず市民がその恩恵を実感し得ないという事実があると指摘しました。

そして、暴力と政治の関係については、フィリピンで政治が暴力的になるということは何ら新しいことではないと強調されました。しかし、ドゥテルテ大統領が就任した2016年以降の変化は、伝統的なフィリピン社会のエリートによって利用されてきた暴力が、大統領の手によって直接的に利用されることになりました。

また、アダム氏は現状をローカルと全体の間で分析しました。地方政治が、国政に影響を与え始めていること。これは、ブログ「ドゥテルテ大統領、人気の理由」でも述べた通り、大統領は地方の市長としてその政治キャリアをスタートさせており、他の伝統的政治家とは背景が異なります。そして、伝統的政治家の腐敗や既得権益を利用した政治の私物化を苦く思う国民の声を代弁してきました。


Prof.Jeroen Adam
ゲント大学のジェレオン・アダムス氏



二人目の登壇者は、ライデン大学の国際法のニコ・スクライバー教授(労働党所属)。同教授は、大統領の行っていることは「ジェのサイトに該当するのか」という問いに簡潔に応えました。
国際連合全権外交使節会議において採択された国際刑事裁判所ローマ規程(ローマ規程または、ICC規程)に照らし合わせ、この件はジェのサイトに該当しないとうのが法解釈です。該当しない理由は、ジェのサイドの場合は特定の人種・グループの殺害を意味していますが、今回の被害者は特定の宗教や人種集団に属していません。

国際刑事法の対象となる①集団殺害犯罪(ジェノサイド)②人道に対する犯罪 ③戦争犯罪 ④侵略犯罪 の視点から、ICCへの提訴が妥当であるのかを分析しました。また教授は、超法規的殺害についてはもちろん①そして③、④には該当しないといいます。

③は、もちろんフィリピンは紛争はあるものの「戦時中」ではありません、そして④もそうした理由からあてはまりません。では、戦時ではない時も適用可能な②の人道に対する罪ではどうであろうか?ここで鍵となるのは、十分な証拠があるのか?ということ、証拠を提示し「予備審議」に掛けられる可能性があるそうです。
Prof.Nico Schrijver
ライデン大学の国際法のニコ・スクライバー教授

三人目の登壇者はマニラ在住の人権活動家、iDEFEND(外部リンク:https://hronlineph.com)から、エレサー・カルロス氏が、現政権の「麻薬戦争」の問題を指摘しました。政権の行う「麻薬戦争」は人道危機であること、そして麻薬対策が本当に問題を解決するには至らぬこと、そして司法と行政の共同関係を指摘しました。

大統領の持つ“人権”への嫌悪感のゆえに、人権活動家の仕事は以前にもまして大きな挑戦となっています。彼は、どのように法の支配を取り戻すのか?どのように麻薬犯罪の被告人を保護するのか?そして、どのようにして加害者を国際法の「人道に対する罪」に問えるのか?と投げかけ、スピーチを終えました。


Mr. Ellecer Carlos
iDEFEND、エレサー・カルロス氏


質疑応答から白熱する議論

ドゥテルテ大統領の特に「麻薬戦争」を巡り、あるいはあの強烈なキャラの故に大統領の支持派と反対派と深くフィリピン社会が分断されてきました。この縮図を見たのが、この討論会でした。

人権活動家の糾弾するような発表に、大統領の支持派は「治安がよくなり、その恩恵を受けている」といい、おたがい大統領を支持しないもの/あるいは逆に支持しているものは「愚か」であるとなじります。感情的になった聴衆が声を張り上げて発現する様子も見られました。


平和活動家の発言

カオスな状態になっていく中で、偶然この日に我々夫婦を訪問してくれた教母(Godmother)が平和活動家としての視点から、この事態やコメントや意見について応答しました。

彼女が指摘したことはまず、お互いの思うところをじっくり「聴く」こと。主催者に対して、”討論会”ではなく”ダイアローグ(対話)”のアプローチを取ることが望ましいとコメントしました。白熱する議論は、既に議論の枠を超えて、お互いを攻撃し合っていました。

大統領反対派には、大統領が行っている政策が全て悪いわけではないので、それらを認識すること、そして支持派には批判的な目を持つことをすすめました。

彼女が大きな問題だと考えていたことは、我々一人一人にこうした暴力を肯定する芽があること。政策によって表面化された暴力ながら、実際はそれを根底で支持するわれわれに潜む暴力性が問題なのだと言います。そして、命は平等であり、誰かの命が他の人のものよりも貴いという考え方はとても危険な考え方です。

ちなみに、教母の渡蘭を”偶然”と書きましたが、この問題「麻薬戦争」と大統領の一連の政策によって分断されたフィリピン社会を痛く思ってきたのが、彼女と彼女が設立したBinhi ng KapayapaanというNGOの仲間たちでした。(私もそのメンバーです。)こうした中で、団体の創設者として、また活動家として心の内を表現することを望んでいたことかと思います。

Binhi ng Kapayapaan創設者、アンジェリーナ・ヘレラ氏


現象の理解

平和の視点から見た問題は教母が指摘する通り、①ダイアログがないこと、②お互いに対して批判的になるばかりで内省がないこと、③暴力を支持する素養が深く社会や個人に内在していることを認識し得ないことです。また、これは部外者であるが故の指摘ですが、フィリピンは国として今までスペイン・アメリカ・日本と統治され、影響をうけ、翻弄され続けてきたが故に、「市民を代表する政治家」が大統領となったことを誇りに思う民心があると思われます。なので、海外からの人権侵害という誹りも彼らの「誇り」を汚すもののように映るのかもしれません。そう考えるとこの問題は、根が深いものと言えます。

何ができるのか?

一般市民にできることは何であるのか?上記のディスカッション、反応から我々にできることと考えてみました。
1) 内省すること
大統領をパッケージとして批判する必要も、支持する必要もないと思われます。大統領が行うことに疑問を持つことも、成果を上げた政策については評価すること、等政治的なレベルにおける内省から、個人のレベルで何に「怒っているのか?」を静かに心に問うこと。

2) ダイアログの場を持つこと
もし、今回のように両サイドに明確に分断されるようなケースであれば、よいファシリテーターが必要になりますが、時間をもってゆっくり両者の話を聞きあう必要があるのではないでしょうか?

3) 共同宣言の発表
#2を持った後に、コミュニティとしての共同宣言を持てたら理想的なのではないかと思います。

今回、結局討論会のような様相を成してしまいましたが、今までソーシャルメディアなどを通じてお互いに攻撃しあった両者が、同じ場に集ったということの意味は大きく、これが大きな対話の一歩になったと思います。いずれにしても、分断に次ぐ分断を経験するフィリピン社会。それらの根本を解きながら、問題の解決に一歩でも前進できればと強く思います。

ウェブサイト:Foundation Max van der Stoel
https://www.foundationmaxvanderstoel.nl/agenda/agenda_item/t/de_filipijnen_onder_duterte_opmaat_naar_genocide

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