[映画] アクロス・ザ・クレセント・ムーン(Across the Crescent Moon)に観るフィリピンにおけるムスリムを取り巻く社会

フィリピン国内で上映され、その後海外の映画祭で上映された「アクロス・ザ・クレセント・ムーン(Across the Crescent Moon) 」が大阪十三のシアターセブンにて5月26日から6月1日まで公開されます。

イスラム教徒であり、警察の特殊部隊Special Action Force (SAF) のエージェントであるアバスは、カトリックの女性、エマと結婚。しかし、エマの両親からは受け入れてもらえません。

エマの妹とその友人たちがパラワンに旅行中人身売買の組織に誘拐され、アバスがエージェントとして活躍、無事に妹たちを救出しっます。事件を機に、エマの家族とも和解します。宗教を超えた男女の恋愛、家族の問題、そしてフィリピンのリアルな麻薬、誘拐、人身売買の問題を描いた作品。


映画の内容はどれぐらいリアルなのか?

映画は、ABS-CBNのスターシネマほどの「ドラマな」過剰演出、ではありませんでしたが、恋愛、家族関係、アクションを盛り込んだかなりドラマ仕立てなフィクション。これらは本当にフィリピンに起こっていることをどれだけリアルに反映しているのでしょうか。

イスラム教徒への差別は根深いか?

映画のテーマの一つである、「異なる宗教」。しかもカトリックが大多数を占める地域において映画にみられるような「差別」なるものはあるのでしょうか。フィリピンでは、イスラム教徒というと、極端な例では「テロリスト」、また「フィリピンのトラブルメーカー」と、言う人たちもいます。著者は以前ミンダナオ島で仕事をしていましたが、イスラム教徒ではないフィリピン人に「イスラム教徒は信頼できない」等いわれたことがあります。

フィリピンは国民の80パーセント以上がカトリック。近年、増えていると言われるムスリムは、5から8パーセントほど。その大半がフィリピン南部のミンダナオ島西部と北西部に生活しています。ミンダナオは、フィリピンの中でも最も開発が遅れ、70年代から続く紛争地として、特にダバオを除く地域、あるいはスリガオ等の観光地をのぞいて、一般的なフィリピン人はよほどのことがない限りは旅行などで訪れたりしません。そういう意味では、ミンダナオ島への見方とイスラム教徒への差別はリンクがあるといって差し支えないでしょう。

一方でイスラム教徒への、聞き取り調査では、「タクシーの乗車拒否」「学生寮入寮の拒否」「就職差別」され、社会的には差別的な待遇を受けているという話も聞きます。就職差別については、確認を取るのが難しいのですが、電車やバスなどで、明らかにイスラム教徒と分かる人たちの隣に避ける傾向があることは、目視しています。

映画でエマが言った「ムスリムにもいい人がおり、また悪い人もいる。それは、クリスチャンにもいい人と悪い人がいるのと同じ」と思っているフィリピン人も多くいることは追記しておくべきことでしょう。

異なる宗教間の恋愛、結婚

イスラム教との結婚した女性が結婚を機に改宗したケースは、実際にいくつか知っております。彼らに聞くと、恋愛は禁止されていないといいます。一般的に、女性がクリスチャンであり、結婚を機にした改宗というケースが多数です。ただ、イスラム教との女性がクリスチャンの男性と恋愛関係となると、かなり難しく、イスラム教徒側の家族の反対が激しいようです。

誘拐

誘拐は著者が、ミンダナオ島で仕事をしていた時に、散発的に起こる銃撃戦、IEDの爆発と共に、あり得るシナリオの一つでした。実際ミンダナオ島での身代金目的でのフィリピン人、および外国人観光客の誘拐というケースが報告されています。誘拐は組織的におこなわれており、フィリピン国家警察の手をかわすため、様々なローカルの人を介して行われております。

一般人も「誘拐ビジネス」の一端を担っている場合も散見されます。例として、ミンダナオ島のザンボアンガで看護の勉強をしている学生が誘拐。彼の証言によると、まず、ボートで沖合まで出て、そのあと何度も異なるボートに移され、後にどこか分からない島に連れていかれ、その島で「ホームスティ」のように現地の家族と過ごしたと言います。解放後、冗談として「交通費とホームスティの値段が高かった」と言っていたそうです。つまり、拘束中は別段恐ろしい体験をしなかったとのこと。身代金は、誘拐ビジネスに関わった人たちに分配されたようです。

上記のように身代金を払うことで、解放されるというケースもありますが、中には交渉が失敗し、人質が殺害されるというケースもあります。数年前には、遺体の頭部を両親に送りつけてきたケースもあります。

人身売買

フィリピンでは、奴隷、あるいは性的交渉を目的とした女性(中には子ども)の人身売買のケースが多数報告されています。多くのケースは、仕事のあっせんを装ったリクルーターに騙されるケースです。中東地域で、レストランあるいはオフィスで働けると、求職中の女性をうまく誘い、現地に着いた時点で、パスポートなどを奪い、そして家事労働に従事させます。家事労働は過酷で、休みを与えられない他、雇い主から暴力(性的なものを含む)を加えられるケースも多数報告されています。

女性及び児童に対する暴力に適用される法律に限って言えば、フィリピンは東南アジア中比較的法整備が進んでいます。フィリピンでは、国連の「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人、特に女性及び児童の取引を防止し、抑止し及び処罰す
るための議定書」採択され法整備が進みました。

署名した2000年度の国会審議で国内法整備の検討が開始。後2003年に「人身取引防止法」の制定に至っています。この法整備によって「被害者」プログラムの整備が進みました。

麻薬

近年では、マニラの国際空港で、ミルクの空き箱に入った数キロの覚せい剤が押収。べナン出身者が覚せい剤の入ったカプセルを飲みこんだまま入国して、空港で捕まった事件、さらに各港からの密輸入のケースが報告されています。

国連は、フィリピンが東アジアで最も高いメタンフェタミン使用率を示し、米国国務省によると、16歳から64歳のフィリピン人の2.1%がこの薬を使用していると報告されています。また、メトロマニラ、そして地方のバランガイも違法薬物の影響を受けています。悲しいことに麻薬の問題は、映画「ローサは密告された(Ma Rosa)」 に描かれるように、非常に身近な問題です。現政権で、「麻薬撲滅戦争」と名打って、ゼロ容認という政策をとっており、物議を醸しています。そのため、ミンダナオ島のみの問題というわけではありません。

映画を見た感想

映画のところどころでドゥテルテ大統領の演説、写真などが出てきます。ミンダナオ島は、大統領が長く市長を務めたダバオ市があり、2016年の大統領選では、多くのミンダナオ島民が、ドゥテルテ大統領を支持しました。そうした政治観が映画にも反映されていたように思います。

家族が巻き込まれる誘拐事件が無かったら、家族間の和解が無かったという意味では、主人公とそれを取り巻く家族の心理の変化もうちょっと練ってほしかったと思ってしまいました。しかし、フィリピンのムスリムがテーマになるというのは、非常にレアなケース。イスラムの人たちの結婚式、モスクでのお祈りの様子なども劇中で描かれています。南部フィリピン、イスラムの文化が映画を通して多くの人の目に触れられる、そういう意味では嬉しいことでした。大阪、その周辺にお住まいの方は是非、視聴あれ。

参考ウェブサイト

"Philippines: Duterte's 100 days of carnage". Amnesty International. Retrieved 8 October 2016.
https://www.amnesty.org/en/latest/news/2016/10/philippines-dutertes-hundred-days-of-carnage/

The Philippine Drug Situation
http://pdea.gov.ph/images/AnnualReport/2013AR/2013thephilippinedrugsituation.pdf

イスラム教徒の友人が試写会に招待してくれたものの、仕事の関係でどうしても行くことができなかったのがこの映画。後日、監督を招待しての映画会を当時勤めていた大学で行いたかったのですが、監督の都合でできませんでした。更に後日談として、オランダで東南アジア映画祭が開催された際にもこの映画上映されましたが、これも逃しました(汗)。それからしばらくして、鑑賞する機会に恵まれましたが、本当にようやく観れた感があります。

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