台風ヨランダの被災地を訪問する(1) - マニラからタクロバンへ

1月最後の週は調整業務で、11月8日にフィリピン中部を襲った台風の被災地レイテ島へ行くことになりました。久々の現場調整かつ、フィリピンでもあまり縁がなかったビサヤ地域へ。レイテ島に上陸、現地のNGOのプロジェクト地を訪問し、今回被災した方々から話を伺うことが出来ました。今回の調整業務をレポート。

マニラからタクロバンへ

レイテに行く前から、タクロバンの発着はないと聞いていましたが、ありました。飛行機を予約する前に飛行機会社によると現在はキャンセル無く毎日運航していると聞き、ある種の安心感をもって予約しました。しかし、当日はタクロバンの上空が曇りのため、天候の回復を待ち、一時間以上の遅れで出発しました。出発しないのでは?とはらはらしましたが、我々を乗せたセブパシフィックの飛行機は一時間ほどでタクロバンに着陸しました。

タクロバンの空港

空港は予想以上にすっきりしていました。知人が訪れた時には残骸が多く残り、まるでジャンクショップのような様相だったと聞いていましたが、それも現在は片付います。しかし空港は基本的なファンクションを残して、まだ修繕はなされておらず、今回の台風の高波などでえぐられた壁には青いビニールシートがかけてありました。チェックインの荷物が流れるベルトコンベヤーも動いていないのは勿論で、空港の職員が手作業でコンベアーの上に荷物を下ろしていきます。そこから荷物を受け取り、現地の団体スタッフと合流です。

市内の様子



今回の訪問でレンタルした車両には、団体のスタッフとスペイン人のジャーナリストが同乗していました。ジャーナリストは過去数年はマニラに滞在しており、その後ベトナムに配属になったようですが、ヨランダの復興には長い期間が必要と言うこともあり、自分の休暇を利用して取材に訪れ、それを記事にして人々の関心を再度この災害に引き寄せようと考えていました。そのため、道中もNGOのスタッフで身内を亡くした人へのインタビューや、コミュニティ訪問の際は一緒に住民の話を聞きました。

さて、タクロバンからパロに向かう車中から見える風景は国際団体のロゴの入ったテント、激しく破損した家屋、真中から折れた椰子の木等で、台風のすさまじい破壊力を物語っていました。しかし、サリサリストア(小売の個人商店)なども見え、人々の生活も感じられます。


途中止まった教会は、構造は残るものの屋根ははがされています。敷地内には今回の台風で亡くなった人たちの集団墓地があります。身元不明ながらも埋葬する以外に道がないそんな人たちがここに集められたといいます。勿論、DNAテストなどを行い身元の割り出しを行っていますが、非常に気が遠くなるような作業です。NGOのスタッフは行方不明者がいる家族は、亡くなったものとして、前に進もうとしているといいますが、なかなか割り切れるものではありません。

他団体の援助関係者の話によると、瓦礫の撤去が行われている今も遺体やあるいは白骨化した遺体の一部が発見されると言います。

続き〉〉台風ヨランダの被災地を訪問する(2)


動画は車中から撮影したタクロバン市内の様子です。

どうでも良い話ですが・・・
日本のNGOの代表者と空港で落ち合い、翌日早朝の便に向けて準備すべく早々に宿泊場所に向かいました。宿は予算内で、先方の希望でインターネットが使え、かつ空港から近い場所を探し、該当箇所があったのでそこに決めました。ただ、場所が空港からそれなりに近いながらあまり知らない場所であったため、送迎サービスを利用してみることにしました。宿泊先の人と落ち合う場所はDuty Freeの前、私の名前がでかでかと入った紙を掲げており、一目でその人とわかりました。挨拶も早々に、すぐに乗り物まで移動しはじめました。
一体この人は車をどこに止めているのか?という疑問が頭をよぎりましたが、送迎慣れしているのだから大丈夫という安心がありました。最終的に連れて行かれた場所はジプ二ー乗り場でした。送迎サービスとは宿の人が公共の交通手段を使い、お客さんを迎えに行くサービスだったようです。それだったら、タクシー拾って勝手にいくのに!と思いました。いやはや、びっくりな送迎サービスでした(汗)

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