フィリピン超法規的殺人―ミスコン優勝者の回答が与えた波紋

ディマルナ(ミンダナオ北部ミサミス・オクシデンタル州オザミス市のバランガイの一つ)で行われたミスコン優勝者の回答、賛否を巡って書き込み続出。端的には大炎上です。

優勝者ディバイン・グレース・カパ(Devine Grace Capa 以下ディバインさん)さんの質疑応答が同州のフェイスブックに掲載されました。この回答を巡って、1月2日現時点で600以上の書き込みと12,000人の反応が見られます。

問題となった回答


ディバインさんへの質問:今日のこの国で起こっている超法規的殺害について、あなたの意見をお聞かせください。 

回答:生命とは贈り物です。もし、殺害が何百万人の人の命を救うとしたら一人の命を犠牲にするほうが、皆の安全が脅かされ、人類が永遠に危機にさらされるよりは良いと思います。

この回答への反応

フェイスブックの反応は、彼女の回答をサポートする立場と反対する立場を明確に分ける形となりました。
一例として(長文につき意訳しております)



思い出してほしい、超法規的殺人は政府軍による裁判や法的な正当性なしの殺害。この人物(コンテストの優勝者を指している)とあなたがたすべては、法、人権、理論に対していたく無知だ。あなた方は、自らの無知と、その十分な知識を得ないままに批判するその態度を恥じるべきだ。





口を開く前に、よく調べて物を言うべきだ。超法規的殺人はこの国には存在してないし、存在しているのは麻薬中毒者、麻薬王、そして彼らが殺しあっているだけで、警察が殺しているように見えるだけ。メディアはこの頃、真実を報道してなんかいない。彼らは、人々の関心を得ることのみを報道し、それが虚偽であるのかどうかなんてかまいやしないんだ。30年以上この国で生活しているけど、ただ昨今になって公共交通手段を夜間に利用することが怖いと思わなくなった。だって、政府の優先事項が私の安全なのだから。殺しについてだけど、勤務先、住んでいる場所でいちどだって見たことがない。超法規的殺人なんてもともと存在してない。メディアやデリマ上院議員が大統領を追い出すためにでっち上げたもの。このコンテスト出場者は、自分が見たことを語っただけだ。


上記の反応への反応

これらの回答はほんの一例。そして、これが優れている回答というわけではありませんが、殺人をサポートする側と反対する側のコントラストを見事に表しています。

上記のBazさんは理論というよりは感情的かつ上から目線、外国人でなおかつフィリピンに住んでいないものが口をはさむ余地はないと反撃を受けます。データがあり、そして超法規的殺人そのものの問題と、それが及ぼす二次的、三次的問題などについて述べるのであれば、説得力があったように思われます。
外国人が、日本で生活していないにも関わらず、日本の政治や何かに口を出して来たら、いい気分はしないと思います。とくに上から目線であればなおさらです。

ただ、ここ一、二カ月でここヨーロッパ、著者の生活するオランダでもテレビでも大々的に報じられ、人権活動家でないひとであってもフィリピンで何が起こっているのかを知るに至っており、外国人でもなんだかほおっておけない事がフィリピンで起こっている、何かしたら言いたいという人は少なからずいます。

Angeloさんの発言ですが、殺害の現場に遭遇したことはないと言いますが、これはほとんどのフィリピン人がそうだと思います。人口が一億人に届こうとするフィリピンで、犠牲者の数は6000なので、無理もないと思います。しかし、夜間の公共交通機関の利用が怖くなくなったと治安が向上した実感があると発言。それは政府が国民の安全を優先事項としているからと説明。しかし政府がそれら麻薬中毒者(犯罪者)を殺したのではなくて、彼らが結果殺しあったと、もう論理が成り立っていないのですが、ポイントは超法規的殺人は起こっていないということ。

ちなみにこのフェイスブックのアカウントの主であるオザミス市は、Bazさんの言う無知というのはステレオタイプ、そして個人の意見を尊重すべきと優勝者の側に立ちながら、事態の収拾を試みています。ちなみにミンダナオでは、現政権とその政策を支持する人が多いことが特徴です。



ディバイン発言であぶりだされたこと

超法規的殺害の単純図化。一人の麻薬中毒者の命を断つことが、それ以外の人の命を救う。これがフィリピン国民の多数の支持を得ていること。冒頭で、一人の命がかけがえないことと明言しているが、それには限定があること。そして、最大多数の最大幸福を求めるべきとしています。

また、麻薬中毒者がスケープゴートになっているように見えます。彼らのゆえに、フィリピン人一般の安全が脅かされている。彼らのゆえに領域が侵され、自由が奪われている・・・彼らのゆえに・・・フィリピン人は、というよりは一般的に国民は怒っていますが、怒りの矛先が麻薬中毒者にお上のお墨付きを得て、向いたと見ています。つまり、麻薬戦争は、彼らの不満をうまく引き受ける形で、支持を得たと見るべきでしょう。


命は、神様により与えられ、何人たりとも侵してはいけない。フィリピンの大多数を占めるカトリック、徐々に信徒数を伸ばすムスリム、そして諸宗教の人々がいますが、それら宗教の大原則に従うのであれば、命を奪うことは許されないはず。フィリピンで死刑が執行されず、それをサポートする人の根底にはそうした考えがあるためです。
しかし、よくよく見ると「私(と家族)の安全」と「誰か(犯罪者と思しき人)の命」はトレードオフできると考えており、宗教の根底を覆しています。。


超法規的殺人に反対する人は、今一度①何が国民の不満で②治安の向上と殺害件数と検挙の件数の相関関係を整理し、③国民のよって立つ宗教性の揺らぎをもう一度見直すべきではないだろうか。

ディバインさんを擁護するなら

ミスコン優勝は、ただ美しいだけではなく、知性と道徳を兼ね備えた人物が栄冠を手にすべき栄誉ある賞。小さい街のコンテストであったとしても、人々から尊敬を受けます。
そのため、最終審査となる審査員との質疑応答では、時に繊細な質問をうけることもあります。2011年のミス・ユニバース、フィリピン代表のシャムゼイ・スプスプ氏の質問と回答を思い出します。質問は、「もし愛する人のために宗教を変えねばいけないならば、あなたは宗教を変えるか?」答えは、「そんな人とは結婚しない。なぜなら、私が愛しているのは、私を創った神様だから。彼も私の神を愛すべき。」
この回答は、フィリピン人は大絶賛でした。しかし、ミス・ユニバースが求める人物像とは異なり、結局4位でした。

宗教がらみの質問というのは、なんとも答えるのが難しい。そして政治に絡んだ問題もしかり。とくにディバインさんのケースは、現在進行形の事柄。SNSによって本人が意図せぬ形でまたたく間に広がりました。

ディバインさん

政治的な質問でたいそう答えるのが大変だったと思います。そして、思いもよらず、こんな形で脚光を浴びてしまい、少々気の毒にすら思えてしまいます。

しかし、犯罪率と犯罪者殺害という短期で見ることが難しい成果を単純化し、一人(少数)の命と多数の命のトレードオフが成り立つと、言い切ってしまうのはいくらなんでも乱暴すぎると思います。
あなたの表現の自由は尊重されるべきで、これも一つの意見。そして、こうした回答をしたあなたに賞を授与した人たちがいます。しかし、ミスコンは平和の大使、冒頭の定言「命とは贈り物」という視点をスピーチの最後まで貫いてほしかったと個人的には思ってしまいました。これでは、命は犯罪者(あるいはその疑いがある人)とそうではない人と差別可能ということになります。

超法規的殺人を許容していけない理由は、一言でいえば法治国家・そして民主主義国家であるが故です。警察は文民によって統率され、いかなる場合も法的根拠を持ってことに当たらねばなりません。法が国のごく一部の政治家・警察高官あるいは国家主席によって影響を受けるのであれば、独裁に傾く一歩と疑ってしかるべきでしょう。政治体制を独裁体制に戻したいのであれば、別ですが・・・

また、他に挙げられる理由は、国民の倫理的・宗教的根拠を揺るがしてはいけないから。毎日の報道で殺人に関する感覚がマヒしてしまいそうです。国が、大統領が、殺害のお墨付きを与え、行動を正当化することで、フィリピン人の多くが信じ、実践する宗教が根本とする命への尊厳を捻じ曲げてしまいます。悪い奴はやっつけろ!それが全体のためになる!

最後に、この壮大な仮説検証のための“実験”―麻薬王、麻薬中毒者が社会からいなくなることでフィリピン社会が平和になる、これが真剣に検証されず「思いこみ」と印象論が先行しているから。これは、予言の自己成就になるのではないかとも思われます。フィリピン社会は大統領の先行研究なしの仮説検証の実験場になっていることに対して鋭い批判の目を向けるべきではないかと思います。

では最後に、今日のフィリピンでで起こっている超法規的殺害について、あなたの意見をお聞かせください」

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